少し抹香くさいお話を。
ーその1ー
寺で朝、座禅をしていると、知らない人がこられまして座禅したいと申されます。住職は遠方に行かれていたので、座禅はこう、こう、このようにするのですよ(いい加減な人間に聞いても上手くいかないのにね)と申し上げ、その人と1時間弱座っておりました。
夜もその人がこられ、座った後、住職が珍しく食事を出してくれたので、その人等と戴きました。そのとき彼が『実は今朝この寺に自殺するために来たのです。でも、死に切れなくって・・・。僕は何にも悪い事をしていないのに嫁は家出するし、借金の保証をしたらそいつは潰れるし、仕事もうまくいかんし・・・・。』と延々と話される。
僕は『お前悪いことばかり考えているから悪い事が起きるんや』と申しましても、その人は『・・・・。』
一年ばかり経ち、風のたよりにその人はやはり、自殺した由。・・・・合掌
ーその2ー
座禅の後、御住職の説話があります。
『米は死んで人の役に立つし、牛も死んで人の役に立つ。草も死んで肥料になって後からの草の役に立つ・・・。』
私の心の中『人間だけは死んでも役に立たん・・・・』
−その3−
この頃、20歳までは社会に出るための修行。20歳から60歳までは社会でのお勤め。60歳以降は死の準備。と思うようになりました。
赤ちゃんとしておぎゃと生まれるのは『魂さま』を身体という袋に閉じ込めただけ、社会に出て、嫌な事をしたり、されたり、こういう事は『魂さま』を傷をつけているだけなのと違うのか。それが人間の性かもしれないけど。病気になるということは少しずつ『袋』を破いていて『魂さま』を解放してやる準備かなあ。インドでは人が死んだら祭りをするともいうし、また、『笑う』とか『座禅』とかは『魂さま』を楽しませる行為だと思えるようになりました。
ということで『魂さま』を楽しませるため自転車で日本縦断したり、自転車で知床峠越えをしている途中羆に遭遇したり、ゴルフを楽しんだりしています。
こんな事を顧問先の社長に申しますと『先生、あなたは前から遊んでばっかりですがな』と。・・・・すみませんね。合掌・合掌・合掌。
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