お客様の声企業は環境適応業

私の事務所の所在は広陵町です。広陵町の隣は大和高田市で商業の盛んな街で、街には映画館が東映・大映・日劇・大劇・日活がありまして、若いとき小遣いを貯めてはヤクザ映画なんかを見に行きまして、映画館から出てくるとき、肩を怒らせて出てきていたなあと思い出し苦笑いをしています。

今、映画館が何軒残っているのかなあと思い、タウンページで調べてみましたが、一行も記載されておりません。確か一軒は残っているのですけれど。
あれ程いつも満員の観客で賑っていた映画館はどこに行ったのでしょうか。本当に恐竜が滅んだように無くなってしまいました。

当時の映画産業は一大産業でありました。大川橋蔵・市川雷蔵・高田幸吉等々一回出演すれば数億稼ぐスターを抱え、市川昆・黒澤明などの監督・助監督などのスタッフ、そして大船・太秦などの撮影所を所有し、正にヒト・モノ・カネの全てを持っていたのですね。

このように巨大な映画産業が何故滅んだのでしょうか。それはテレビの出現に他なりません。しかし、アメリカの映画産業は滅ばなかった。その違いはアメリカの映画産業はテレビと手を結び、ビジネスチャンスと捉えたのに対し、日本はテレビを『敵』と看做し、映画産業が持っている膨大なフイルム等をテレビに供給しなかったことにあります。

勿論、日本の映画産業の中には、テレビと提携すべきとの意見もあったと聞いております。しかし、大半の映画産業は映画屋で『よい映画』『大河作品』『芸術』を自社の商品と考えていたのに対し、顧客である一般大衆は映画・テレビ・スキー・野球・ドライブ・旅行など『余暇生活を楽しむ』ことを望み、所謂、娯楽の多様化が始まっていたのです。

このような環境に適応せず、自らを映画屋と限定してしまったことに、日本の映画産業の滅亡があると思われます。ホリエモンによるITと放送の融合が提案されておりましたが、こんどはテレビさん。お前もか。ということの無いように。祈るばかりです。



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